灌燭寺 石造弥勒菩薩像

sign.jpg

灌燭寺 石造弥勒菩薩像

宝物第218号

DSCF0171.jpg

 高さ18mに至る国内最大の石仏であり、普通「恩津弥勒」と呼ばれている。弥勒仏は56億7千万年が経った後、その時まで救済されていない衆生のために生まれるという未来仏であり、山や野など戸外に立てられた場合が多い。自然岩盤の上に、腰の部分を境界として、それぞれ一つの石で造られたこの菩薩像は、胴体に比べて特に顔が強調され、全体的な均衡美は若干落ちるが、仏像全体から感じられる原初的な強い力は、高麗時代初期にこの地方で大変流行していた仏教芸術の特徴をよく備えている。顔と手に集中した表現様式は、まるで土俗的な神像を見るように威圧的であり、慈悲深い菩薩の姿というよりは、強いメッセージと神秘感が込められた姿である。灌燭寺事跡碑によれば、高麗 光宗19年(968)に着工、穆宗9年(1006)に完成し、慧明大師が大型石仏を立てられず悩んでいた時、沙梯村に現れた童子が川辺で土遊びをしているのを見て大悟して喜び、帰り来たって仏像を立てたと伝わる。このような巨石仏の代表的な例として近隣にある扶余 林川の大鳥寺 石像弥勒菩薩立像が挙げられるが、この二体の仏像は、高麗時代に忠南地域で大変流行していた仏像の様式を有し、新しい地方的な美意識を現している。特に灌燭寺の仏像の建立は、以後、忠南各地での巨仏像の造成に、大きな契機となったようである。〔以上、「案内板」による〕

DSCF0174.jpg


DSCF0146.jpg