普願寺址 法印国師 宝乗塔碑

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普願寺址 法印国師 宝乗塔碑

宝物第106号

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 法印国師の塔碑であり、978年(高麗 景宗3)、景宗の指示により立てられた。碑身の高さ230cm、幅115cm、文字数5,000余字にもなる巨碑であり、国工を派遣して立てさせた。法印国師は、新羅末~高麗初の高僧であり、法号は坦文である。碑文の内容は、坦文の一代記であり、900年(新羅 孝恭王4)に出生し、15才で戒を受け、968年(光宗19)に王師、974年(光宗25)に国師に就いたが、ここ普願寺に至り、975年(光宗26)に入寂した。

 歴代の王と近しく、国家で施行された仏事を全て引き受けた。特に光宗は、王権強化政策以後、精神的な支柱として近くにおらしめ、入寂すると非常に悲しんだという。法印国師は、学僧として弟子が多く、末年、普賢寺に至る際、禅・教僧1,000余名が迎接した。普願寺を「故山」とし、ここに至って葬られたという。このような事実から見て、幼い頃、普願寺で修道していたと思われる。〔以上、「案内板」による〕

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