穆陵
穆陵は、朝鮮の14代宣祖(1552~1608)と王妃の懿仁王后(1555~1600)朴氏、継妃の仁穆王后(1584~1632)金氏の陵である。西側の陵寝が宣祖、真ん中の陵寝が懿仁王后、東側の陵寝が仁穆王后の陵である。同じ主山から降ってきた陵線にそれぞれ封墳を造った同原異岡形陵である。
〔宣祖は〕壬辰倭乱と丁酉再乱を勝利に導き、宣祖という廟号を受けたが、この時代にはすばらしい人材が多く輩出され、「穆陵盛世」と称された。
宣祖の陵寝は、文・武石人の規模が大きく、彫刻の輪郭がはっきりしている点が特異である。また、各陵寝から丁字閣の神門につづく神道の姿も独特である。〔以上、「案内板」による〕