洪浩然の墓

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洪浩然の墓



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 洪浩然(号は雲海)は、文禄の役の際の被虜朝鮮人である。12才のとき、鍋島直茂により、慶尚道 晋州から佐賀まで連れてこられた。その後、京都五山で学問を修めたのち、初代佐賀藩主 鍋島勝茂に仕え、書家として名をなした。老年におよび、朝鮮へ帰国しようと、一度は唐津の境まで至ったが、勝茂の懇請によって日本に留まった。明暦3年(1657)、主君・勝茂の死去に伴って殉死し、佐賀市の阿弥陀寺に葬られた。享年76才。〔以上、松田甲「朝鮮より出でたる佐賀の儒者洪浩然」『朝鮮』 136・1926を参照〕

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「泰盛院殿御追腹」碑。殉死者を記念して建てられた石碑。佐賀市 高伝寺に葬られた勝茂(泰盛院)の墓の後方にある。


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「雲海浩然居士 洪浩然」の名がみえる。


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鍋島勝茂の墓(佐賀 高伝寺)。


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佐賀市 徳善院の鳥居額。独特の書体から、洪浩然の書と推定されている。(小宮睦之1996「洪浩然と佐賀藩」『佐賀県立名護屋城博物館研究紀要』2)。


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徳善院の鳥居。


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佐賀市 称念寺の扁額。洪浩然の書。


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称念寺。


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福岡県 英彦山の鳥居銘文。洪浩然の書。


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英彦山の鳥居。


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京都府 頂法寺(六角堂)の扁額。洪浩然の書。


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頂法寺入り口。